祭竒洞

姑らく妄りに之を志す。

水木しげる「錬金術」 の元ネタについて雑記

思えば自分にはブログがあった、ということでこちらで公開。


水木しげる錬金術
・初出は1967年04月の『ガロ』*1
ねずみ男扮する丹角に騙されて「猫の頭などを金に変える方法」を追い求める家族を描いた話
・12ページで当時小学生だった私の人生観をみごとにひん曲げたド名作なので読むべし。


錬金術」の作中には錬金術の方法として「無上九還丹の秘法」、「唐土伝来の「もがりの術」」が登場するが、滝沢馬琴『近世説美少年録』第二十六回にある偽修験者・舌兪道人の偽錬金術の話の中にそれらの単語がある。

「扠(さて)も件の一方ハ無上九還丹(むじゃうきうくわんたん)と名つけたり是則唐山(からくに)なる道士丹客(たんかく)の傳法にて我先祖渡唐の日傳授せられし神訣也且(まづ)かの法に遵(したがつ)て十両の金を煉取らんと欲するときは(以下略、一両の黄金に九両の黄銅(しんちう)と汞(みづかね)、藥種を加えて煉る云々。銀についても同様に説明。)」

上記をすぐに実践して見せ、それらを火にかけて煉ったものが黄金になった――とするが、直後に地の文でこれがトリックである旨説明。

「誰か知るへき此ハこれ縮金の法にして一両の黄金を縮めて粟粒ばかりにせしに黄銅(しんちう)汞(みづかね)藥種を加えて稍久しく煉る期ハ其黄銅と汞は盡く消失て那縮金のみふくだみていと大きくなる也便是(すなわちこれ)騙賊(もがり)の術にて其黄金の殖(ふゆる)にあらず形の大きくなるのみなりしを愚俗多くハ瞞(くらま)されて實に金の殖(ふえ)たる也と思ハざるものあるを稀也今大夫次もかの類にて(以下略)」*2

なお前後のあらすじはよろめき亭(http://www5b.biglobe.ne.jp/~bakin/index.html)さんによる第二十六回(http://www5b.biglobe.ne.jp/~bakin/kinsei/arasuji/vol3.html#st-26)あたりを参照していただきたい。


・「錬金術」と『近世説〜』いずれも術により黄金が生み出せる(『近世説〜』の場合、正確には増やせる)と騙される話である。

・「騙賊(もがり)の術」は原文では錬金術の名前ではなく、騙しの方法、といった意味。

 「もがる」には「言いがかりをつけて金品をねだる。ゆする。たかる。」の意味がある*3
 唐土伝来、とは書かれていないが、この話の錬金術自体が唐土のものということになっている。

・「錬金術」に「よく世の中にふところ手しながら遊んで暮らす奴がいるだろう あれはみんな祖先が鍛金、錬銀の秘法」を発見したからなんだ」という台詞があるが、『近世説〜』の偽修験者も温泉地で豪遊し、理由を尋ねると「先祖に渡唐のものありて煅金煉銀の一法を傳えたりよりて黄白(きんぎん)に富(とめ)るのみ」と返す。

・また、「近世説〜」の錬金術は「唐山(からくに)なる道士丹客の伝法」であるが、これは字は違えど「錬金術」に登場する丹角と同じ「たんかく」という読みである。

以上のことから『近世説美少年録』が「錬金術」の元ネタであろう、というお話。
(H26/12/15追記:ふしぎあんさんから、「直接原典を参考にしたのではなく、近世説美少年録を参考にした忍者小説とか歌舞伎辺りを孫引きした可能性もなきにしもあらず」とのご指摘を頂きました。そうかもしれない。)


ついでに、『近世説美少年録』のこのくだりの更に元ネタは、おそらく『初刻拍案驚奇』巻十八「丹客半黍九還 富翁千金一笑」*4か、その再録っぽい『今古奇観』第三十三巻「誇妙術丹客提金」*5と思われる。
『今古奇観』はどうやら『初刻拍案驚奇』などからの抄録のようなので、タイトルを除きほぼ同じと思われる。
両者の訳*6 *7を当たってみたところ、内容としてはほぼ違いがなかった。*8

これらの話では、丹客が金持ちを騙す話になっている模様。
馬琴はこれを踏まえて錬金術を「唐山(からくに)なる道士丹客の伝法」としているようである。
金持ちに見せかける冒頭部、最初のトリック(縮銀の法)から始まり、馬琴の該当部と筋が同じであるため、このエピソードがほぼ完全な下敷きと考えられる。
これは前述の訳文が載っている本の解説にも明記されている。

「九還丹」は登場するが、「無上」はつかず、また「騙賊」という表現は原文に登場しないなどの理由から、水木がこちらを直接参照した可能性は低い。

「丹客」は訳ではいずれも「錬金師」となっているため、人名でなく錬金術師という程度の意味に取って良いと思われる。
馬琴が「道士丹客」の丹客を人名として扱ったのか、道士・丹客という並列として書いているのかは不明。
水木はこれを前述のように文字を変えて人名としている。

更に更にこれらの元ネタ(?)は
・『剪桐載筆』に載する王象晋「丹客記」
・馮夢龍『智嚢補』巻二十七「丹客」(同『古今譚概』第二十一譎智部「丹客」もほぼ同内容)
とのこと。


今後の気になる点
・「四精七体の粉末」等、他の部分は水木のオリジナルかどうか 、別の元ネタがあるか(あるいは自分が見落としているだけで『近世説〜』にあるのか)
・水木が参照した文献はどれか(あの時期手軽に入手できる本で『近世説美少年録』、すくなくとも該当部分の抜粋が載っていたのは?)
・(H26/12/15追記)↑に関連して、水木が参照した文献は本当に『近世説美少年録』だったのか、あるいはそれを引用した何かなのか。
 

*1:水木しげる作品不完全リスト」(http://www.lares.dti.ne.jp/hisadome/mizuki_2.html)より

*2:国会図書館デジタルコレクション 『近世説美少年録』(銀花堂、明治20年)(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/878361)の181枚目(345P)より引用。

*3:goo辞書「もがる」(http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/218821/m0u/%E3%82%82%E3%81%8C%E3%82%8B/

*4:『初刻拍案驚奇』巻十八「丹客半黍九還 富翁千金一笑」(http://open-lit.com/listbook.php?cid=18&gbid=92&bid=3687&start=0

*5:『今古奇観』第三十三巻「誇妙術丹客提金」(http://open-lit.com/listbook.php?cid=33&gbid=121&bid=5616&start=0

*6:「丹客半黍九還 富翁千金一笑」…『中国文学大系 : 全訳. 第1集 第16巻』(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1663529)中の「錬金師の愛妾」

*7:「誇妙術丹客提金」…『今古奇観 : 明代短編小説選集』(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1674656)中の「妙術を誇して 丹客 金を提ること」

*8:なお『中国千一夜』(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1670701)に「仙薬」として訳されているとのこと、未見。