祭竒洞

姑らく妄りに之を志す。

新版 ヴィイ調査ノート 補遺

麻野嘉史『新版 ヴィイ調査ノート』(祭竒洞、2018・第2版)の補遺を下記の通り公開します。紙媒体にあった図版は省略しております。
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◎イギリス・ウェールズ地方の散文物語集「マビノギオン」は、詩人による口承の物語を本にまとめたものであると考えられている。中の一篇「キルッフとオルウェン」は、アルスル(=アーサー王)の従兄弟にあたる主人公キルッフが巨人の長イスバザデン・ペンカウル(もしくはイスパダデン・ペンカウル)の娘オルウェンと結婚するため、イスバザデンが出した難題を解決するという物語である。このイスバザデンは、家来が
a.さすまたで目にかぶさった眉を持ち上げないと
 あるいは
b.熊手で目にかぶさったまぶたを持ち上げないと
 相手を見ることができない、とされている(aとbがある理由は後述)。この記述はヴィイとの関係からいくつかの点で非常に示唆的である。
 第一に「キルッフとオルウェン」が伝承されていたウェールズケルト神話の伝承地であるアイルランドに近接しているが、本編53ページで取り上げたバロールはこのケルト神話の魔神である。そしてバロールは目を覆い隠すまぶたと魔力ある目を持っているのに対し、イスバザデンは前者のみを持っている。
 また、上記の a、b において目を覆い隠すものに相違があることも注目すべき点である。「マビノギオン」のまとまった写本は成立年代の早い『白い本』と、より完全なテキストを採録している『赤い本』の二種類あり、aは『赤い本』を基にシャーロット・ゲスト夫人が意訳を加えたもの、bは『赤い本』と『白い本』の両者を用いたものの記述である。
 訳が眉とまぶたに分かれている理由がそれぞれの写本の記述によるものか、あるいは翻訳によるものかは不明であるが、仮に写本によるものであれば口承において「眉」と「まぶた」の両方のパターンが存在した可能性がある。換言すれば、ウェールズの口承物語においても眉とまぶたは目を覆い隠す身体的特徴として置換可能であったと考えることができる。
『新版 ヴィイ調査ノート』本編においては、目を覆い隠す特徴(まぶた、眉毛、まつ毛)と魔力ある目はスラヴの伝承においてしばしばセットで現れること、また前者の特徴だけを持つ神話的存在も「牛の子イワン」における魔女の夫など複数存在することを記述したが、スラヴ以外での事例としては両者がセットであらわれるバロールのみを確認していた。
 イスバザデンという事例からは、
・スラヴ圏から離れた場所(アイルランドおよびウェールズ)でも目を覆い隠す身体的特徴を持つ神話的存在が複数確認される
・その事例において魔力ある目を伴うケースと伴わないケース、両方が存在する
・スラヴ同様、目を覆い隠す特徴がまぶた/眉毛 のいずれでも伝承が成立する(可能性がある)
 といった点が確認できる。事例が少ないことから明言はできないが、スラヴ周辺の民話だけでなく、より広い視点でヴィイの源流を捉えることが可能となるかもしれない。
 なお、「キルッフとオルウェン」は結婚に伴う難題を一芸に秀でた仲間の助力で解決する、という点で「牛の子イワン」と類似しているが、民話等の話型としてはポピュラーなものであるため直接の関係を推測するには弱い。

◎『新版 ヴィイ調査ノート』本編I 2‐1でレフキエフスカヤ論文を引き、「ヴィイ」の三晩の祈祷はウクライナに広く伝わるモチーフを基にしていると述べた。同論文にはこのモチーフがアールネ/トムソンの『昔話の話型』における話型番号307に当たるとの記載がある。『昔話の話型』はアンティ・アールネが昔話の型をカタログ化し、スティス・トムソンが増補したものである。また同カタログをハンス=イェルク・ウターが大幅に改訂したアールネ/トムソン/ウターのカタログ(ATU)においても話型番号307(ATU307)は同一の話型を指している。
 ハンス=イェルク・ウター著 加藤耕義訳『国際昔話話型カタログ 分類と文献目録』(小澤昔ばなし研究所、二〇一六)は上記ATUの話型記述、注、索引の全訳であるが、同書中でATU307は「棺の中の姫(旧,死に装束を着た姫)」と題されている。話型の説明において、死んだ少女の棺を三晩見張りすることや少女が毎晩棺から起き上がること等は書かれているが、ヴィイに該当する存在については触れられていない。本編45ページで取り上げた「王女の呪いを解いた商人の子イワン」のように、こうした話型において必須要素ではないためと考えられる。なお同書の記述を見ると、類話がウクライナやその近隣のみならず、イタリアやインド、東アフリカ他かなり広範囲で採集されているようである。

 

II
◎iOS・Android用ゲーム『Fate/Grand Order』(TYPE-MOON、二〇一五~ 以下『FGO』と表記)にヴィイが登場した。
 メインストーリー第2部「Cosmos in the Lostbelt」の序章「序/2017年 12月31日」第7節(二〇一七年十二月三十一日配信)および同部第1章「永久凍土帝国アナスタシア 獣国の皇女」(二〇一八年四月四日配信)の登場人物であるアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァが、ヴィイと契約し、その力を使うことができるとの設定である。また同四月四日からプレイヤーが操作可能なキャラクター(サーヴァント)の一人としてもアナスタシアが登録された。
 作中において、ヴィイゴーゴリの創作妖怪であること、またその源流となるような似た伝承がスラヴにあることが言及され、ソロディヴィイ・ブニオおよびボニャクの名が挙がっている。本作のヴィイはロマノフ帝国と契約している精霊であり、その能力は「その魔眼であらゆる秘密を暴き、城砦の弱点を見つけ出し、更には敵対する者を血に染め上げた」「全てを見透かす眼球は、因果律すらもねじ曲げて弱点を創出する」(アナスタシアのプロフィール文より)とされている。またケルト神話のバロールとの関係が示唆されている。
 ゲーム内では黒い靄で形成された、あるいは覆われたような姿で描かれ、アナスタシアの背後に表示される(図版省略)。
 キャラクター画像および通常攻撃時は、木の根のような手足らしき部位と地面につくほどではないが長いまぶたを持つ。「宝具」と呼ばれる攻撃をする際には巨大化すると共にまぶたと思しき箇所が地面につく長さになる。特定の状態時のみとはいえヴィイのまぶたが原作どおり地面に届く形で描かれるのは日本では珍しいケースである。速水螺旋人『靴ずれ戦線 ニコライ・ワシーリエヴィチの怪物 準備号』(本編 図30)が近い例であるが同作品ではまぶたは地面に届いていない。
 目から光線を放って攻撃する描写があるが、前述のとおりヴィイの源流としてソロディヴィイ・ブニオ等に言及していることから、それらが視線で人や町を滅ぼした伝承を意識したものと考えられる。
 なお『FGO』の関連書籍である『Fate/Grand Order カルデアエース』(KADOKAWA、二〇一七)中の桜井光の小説「英霊伝承 ~エレナ・ブラヴァツキー~」でも、ごくわずかではあるがヴィイに言及している。また、原作 : TYPE-MOON 漫画 : 経験値の、『FGO』のキャラクターが登場するギャグ漫画である「ぐだぐだエース(仮)」#08(『【電子版】コンプティーク』二〇一八年六月号 KADOKAWA)にも1コマおよび欄外一箇所にヴィイが登場する。
◎本編107ページで取り上げた『靴ずれ戦線 ニコライ・ワシーリエヴィチの怪物 準備号』の完成版に当たる『靴ずれ戦線 ニコライ・ワシーリエヴィチの怪物』(ボストーク通信社)が二〇一七年十二月三十一日に刊行された。内容に変更はないが、ヴィイスクリーントーンが貼られている。

岩佐あきらこの漫画「阿佐ヶ谷Zippy」第26話「犬神筋の一族」および第27話「Fox Tail」に、登場人物の一人が呼び出した<召喚獣>としてヴィイと呼ばれる存在が登場する(単行本5巻に収録、初出…『月刊Gファンタジー』二〇〇三年十一月号・十二月号、スクウェア・エニックス 図版省略)。
 人の形に近い姿をしているがかなり巨大に描かれている。目にまつわる描写は特になく、人間を手で掴む、口から光線のようなものを吐くなど、行動や姿は「ヴィイ」とはかけ離れたものである。
 このヴィイと同時に、火を吹く一本足の巨大な鳥が召喚獣として登場しているが、この鳥は畢方と呼ばれている。畢方は『山海経』西山経等に記されている一本足の鳥であり、これが現れるとその邑に妖しげな火がおこるとされているため、作中の畢方はこれを元にしていると考えられる。同時に召喚された一方が実際に文献に記されたものを元にしていることから、ヴィイもおそらくは「ヴィイ」を基にしているが、何故「ヴィイ」での特徴が踏襲されていないかは不明である。

 

III
◎『水木しげる漫画大全集別巻5 補遺/草案・備忘録抄』(講談社、二〇一八)「草案・備忘録抄」の項にはスケジュール帳に書かれた水木のアイデアスケッチ等が年代順に掲載されているが、一九七九年にまぶたを下ろしている状態と自らの手で持ち上げている状態の2種類のブイイが描かれている(図版省略)。
 編集委員会によって付されたと思しきキャプションには「ヴイイの絵であるが、なぜ描かれたかは不明。」とある。
 このスケッチが描かれたのと同年に発行された『テレビマガジン』一九七九年五月号掲載の「おばけのムーラちゃん」に土精グイイが描かれていることから、それに関連したスケッチだと考えられる。
 なお「おばけのムーラちゃん」以前に同様の姿のブイイ(土精)が漫画に登場するのは『別冊少年サンデー』一九六七年三月号掲載の「死人つき」、以降に登場するのは『月刊少年ポピー』一九八一年三月号掲載の「ゲゲゲの鬼太郎」「妖怪実力選手権大会」と、いずれもスケッチと年代が異なるという点も、このブイイの絵が「おばけのムーラちゃん」に関連して描かれたという推測の傍証になる。


参考資料
岩佐あきらこ『阿佐ヶ谷Zippy 5』(スクウェア・エニックス、二〇〇四)
ハンス=イェルク・ウター著 加藤耕義訳『国際昔話話型カタログ 分類と文献目録』(小澤昔ばなし研究所、二〇一六)
シャーロット・ゲスト著 井辻朱美訳『マビノギオン ケルト神話物語』(原書房、二〇〇三)
中野節子訳『マビノギオン 中世ウェールズ幻想物語集』(JULA出版局、二〇〇〇)
速水螺旋人『靴ずれ戦線 ニコライ・ワシーリエヴィチの怪物』(ボストーク通信社、二〇一七)
水木しげる水木しげる漫画大全集別巻5 補遺/草案・備忘録抄』(講談社、二〇一八)
山海経 中国古代の神話世界』(平凡社、一九九四)
Fate/Grand Order カルデアエース』KADOKAWA、二〇一七)
『【電子版】コンプティーク』二〇一八年六月号 KADOKAWA
Fate/Grand Order』(TYPE-MOON、二〇一五~)

 

新版 ヴィイ調査ノート 補遺
2018年8月12日   初版第一刷発行
◎ 著  者   麻野嘉史
(blog:祭竒洞 http://d.hatena.ne.jp/anachrism/)
◎ 編集協力   くまみ、tricken
◎ 発  行  祭竒洞