祭竒洞

姑らく妄りに之を志す。

ヴィイなんでも入門

ヴィイについて日本でいちばんくわしい同人誌と言い張っている新版 ヴィイ調査ノート』ですが、168ページほどあるのと手に入れる方法が限られていることからヴィイのことを手っ取り早くざっくり知るにはあまり適していないかもしれません。
そこで自分の知識の範囲でヴィイをざっくり説明する記事を公開してみることにしました。
本日ゴーゴリの誕生日だそうで、そのお祝いということで。
 
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ヴィイとは、ロシア帝国の作家ニコライ・ゴーゴリの小説「ヴィイ」(《Вий》、1835年発表の小説集『ミルゴロド』所収)に登場する魔物である。

 

1.概要

ヴィイ」において、他の魔物たちが見ることも触ることもできない場所を見通す存在として登場する。

神学生ホマー・ブルートを狙う魔女は、ホマーが床に描いた円の呪力に妨げられて円の中にいる彼の姿を見ることも襲うことも出来ない。魔女は多くの魔物を呼び寄せるが彼らもホマーを見つけられず、最後にヴィイが呼ばれることとなる。

作中でヴィイは、ずんぐりとした体型、土にまみれた体、鉄の顔と指、木の根のような手足、地面まで伸びた長いまぶた、地の底から響くような声と描写される。まぶたを他の魔物に持ち上げさせ、ホマーと目を合わせることで円の中を見通し、円の呪力を失わせた。

ゴーゴリは作品に付した自註でヴィイが民衆の想像力によるものであること、ノームの親玉でありまぶたが地面まで垂れていること、「ヴィイ」が民間の伝説のとおりであることを述べている。

 

2.ヴィイに関わる伝承

ゴーゴリは上記のとおり「ヴィイ」作中でヴィイを民間の伝説であるとしているが、現在のところヴィイが明確にフォークロアに登場した事例は知られていない*1ため、ヴィイゴーゴリの創作であるとの説が有力である。

ただし、聖カシヤーン、「疥癬かきの」ブニャク、ソロディヴィイ・ブニオ*2など、超自然的な力がある目とそれを覆い隠す長いまぶた/眉毛/まつ毛を持つ存在は、ゴーゴリの出身地であり「ヴィイ」の舞台でもあるウクライナをはじめ東欧に伝承され、ヴィイのイメージの元となったことが推測される。

 

3.ヴィイが登場する作品

網羅することは難しいため、日本国内の作品及び日本で視聴が容易な作品を何点か挙げる。

 

◎漫画

水木しげる「異形の者」(1964)、「妖怪魍魎の巻 死人つき」(1967):「ヴィイ」を新潟県の話として翻案したもの。ヴィイは土精という名で、一つ目の妖怪として描かれる。

速水螺旋人「靴ずれ戦線ペレストロイカ」(2019):「ニコライ・ワシーリエヴィチの怪物」に登場。

 

◎映画

妖婆 死棺の呪い』(1967・ソ連):別題『魔女伝説ヴィー』、原題《Вий》。ゴーゴリの原作をほぼ忠実に映画化したもの。

『レジェンド・オブ・ヴィー  妖怪村と秘密の棺』(2014・露):原題《Вий》。原作の後日談として描かれる。

『魔界探偵ゴーゴリ  魔女の呪いと妖怪ヴィーの召喚』

(2018・露):原題《Гоголь. Вий》。ゴーゴリを主人公とする『魔界探偵ゴーゴリ』3部作の2作目。

 

◎ゲーム

女神転生』(1987)、『旧約・女神転生』(1995):いずれも一つ目の姿で描かれている。

Fate/Grand Order』(2015-):登場キャラクターの一人であるアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァと契約した精霊として登場。

 

(参考)その他Web上で読めるヴィイ関係論文等・適宜追加予定

 

飯田梅子「ゴーゴリと<レノーレ譚>」(『文化と言語:札幌大学国語学部紀要』札幌大学国語学部、2013)

https://sapporo-u.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=6869&item_no=1&page_id=13&block_id=17

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とりあえずこんな感じで皆様のご機嫌を伺おうてな具合ですが、いかがでございましょうか。

 

以上を踏まえまして、言いたいことは以下2つ。

◎どなたか青空文庫の平井肇訳「ヴィヰ」を校正してくださると嬉しいです。

https://www.aozora.gr.jp/index_pages/list_inp207_1.html

 

◎『新版 ヴィイ調査ノート』で更に詳しくヴィイについて書いてますので興味ある方はどうぞ。こちらで通販しています。

 

著者をして「一番の売り」と言わしめた表紙はこんな感じです ↓  

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以上、せっかくの万愚節に嘘・法螺・ネタ皆無でお送りいたしました。

 

 



*1:「結局今日もなお「この物語全体は民衆の言い伝えである」とのゴーゴリの自注を裏付けるものは見出されていないし、今後もおそらくは見出されないだろう」

諫早 勇一「ゴーゴリの『ヴィイ』の材源をめぐって」(『人文科学論集 15』信州大学人文学部、1981)

https://soar-ir.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1143&item_no=1&page_id=13&block_id=45

 

「このようにウクライナフォークロアにはヴィイの名とゴーゴリの与えた属性を兼ねそなえている神話的存在は結局のところ文証されていない」

伊東一郎「<ヴィイ>--イメージと名称の起源」(『ヨーロッパ文学研究 32』早稲田大学文学部ヨーロッパ文学研究会、1984

 

ゴーゴリの作品に登場する「ヴィイ」は,名称としてはスラヴ・フォークロアに文証例はない」

伊東一郎「<<Славянская мифология. Энциклопедический словарь.>> Москва, Издательство <<Эллис лак>>, 1995, 416с.(書評)」(『ロシア語ロシア文学研究』日本ロシア文学会、1996)

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10924757

*2:聖カシヤーン及び「疥癬かきの」ブニャクについては栗原成郎『ロシア民俗夜話』(丸善ライブラリー、1996)、ソロディヴィイ・ブニオについては伊東一郎「<ヴィイ>--イメージと名称の起源」(『ヨーロッパ文学研究 32』早稲田大学文学部ヨーロッパ文学研究会、1984)で言及されている。なお後者の論文で引用された資料においては、ソロディヴィイ・ブニオは(ルーシへの)モンゴル侵入の記述に登場するボニャクがモデルと目されているようである。